|
|
| 2月02日 町を襲った竜巻被害 |
 |
|
 |
|
|
|
 |
|
南薩では、夏に向けてすでにハウスにはビニールが張られ、作物が育てられています。海に近いこの周辺を前日、幅約100m距離約1kmを竜巻が襲いました。特に上の写真の地域では、ハウスが10数棟倒壊しました。左の写真は、上の地区から約1km離れた場所です。近所の保育園では遊具の滑り台が50mほど離れた民家の庭まで飛ばされ、職員たちの車が互いにぶつかり合う被害も出たようです。
間近で見るハウスの倒壊は、施設園芸を営む者にとってはショッキングな光景です。
|
|
| 1月30日 六角君がやってきた^^ |
 |
|
 |
突然、六角君から電話がかかってきた。休みが数日できたので熊本から鹿児島まで汽車に乗りにやってきたとのこと。汽車オタクの彼、熊本から2日ほどかけ汽車を乗り継ぎ九州最南端の指宿枕崎線までやってきました。知覧で待ち合わせ、その晩は指宿の宿で一緒に晩飯を食べて飲んできました。翌日は子供たちを連れて鹿児島空港まで送ってきました。
それにしても、待ち合わは、私が出掛けていたこともあり知覧のパチンコ屋。周りの人も怪訝そうに見ていましたが、まさか九州最南端の小さなパチンコ屋で六角精児がパチスロ打ってるとは思わなかったでしょう。また遊びに来てください。
|
|
| 1月30日 野口 健氏 鹿児島講演会 |
ご存じアルピニストの野口健氏が鹿児島で講演会を行いました。小学生の息子たちを連れて、鹿児島市内まで行ってきました。
世界的に有名になった健氏ですが、さかのぼること約35年、一回りほど違う彼とはサウジアラビアのジェッダでの幼馴染となります。当時小学生の5年か6年だった私に対し、彼ははいはいしていました。彼の兄もまだ就学前でしたが、日本人の小学生がいなかったため、我が家へちょくちょく遊びに来ていました。 |
|
 |
彼のお母さんは10カ国語近くを自由に話せるエジプト人の女性だったため、何カ国語も使って話しかけられていた彼は言葉が遅れていたように記憶しています。当時アメリカンスクールに通っていた私は、まだよくわかっていなかった英語に加え、英語を使ったフランス語の授業に苦労していました。健氏のお母さんがフランス語のテキストを美しいフランス語で読んでくれ、それをテープに録音して予習したものでした。
体に気をつけ、これからも元気で活躍してほしいと思います。
|
|
| 1月29日 昔大根? |
 |
|
知り合いの西牟田さんから野菜をたくさんいただきました。その中に特に珍しい大根があったので撮影しました。このところ注目の大根だそうです。
後日すりおろしていただきましたが、とても甘みがある大根でした。その他の大量の大根は、煮物であっという間に消費してしまいました。
|
|
|
|
|
| 1月19日 菜の花の春 |
 |
|
 |
南薩の1月はすでに菜の花の季節です。池田湖周辺は日本で最も早く開催される「菜の花マラソン」やそのすぐ後に開かれる「菜の花マーチ」のメインロードなっています。ここでは観光用に植えられていますが、実際に漬物用に畑に植えられている菜の花も多く見られます。寒い日もありますが、太陽が出ていればこちらではまさに春の陽気です。
|
|
| 1月14日 寒い朝 |
| 雪が降った翌日。特に冷え込みがきつい朝となりました。海に近く、あまり霜の降りることのない我が家の裏の畑も真っ白になっていました。短い冬の真っただ中です。 |
|
 |
|
|
|
|
| 1月13日 南国に降る雪 |
 |
|
 |
南国鹿児島にも雪が降りました。鹿児島といっても冬は結構寒くなりあられが降る時もありますが、これほどまとまって雪が降るのはかなり珍しいことです。海に近い我が家のほうはほとんど降りませんでしたが、町内でも高台にある茶畑はすっかり雪に埋まりました。
知人の中にはわざわざ子供を連れてめったに作ることのできない雪だるまを作らせるために夕方に高台にある公園まで出かけたそうです。南国の人は、雪道の怖さを全く知りませんから、聞いているこちらが怖くなりました。
|
|
| 1月10日 集落内の火事 |
 |
|
集落内で火事がありました。この高取集落に越してきてから初めての火事となりました。夜10時頃のことで妻は以前住んでいた集落で何度か火事を経験していたので早速炊飯器に米を持って炊き出しの準備をし、集落公民館に向かったものの、公民館は真っ暗、だれもおらずに早々に戻ってきました。1時間ほど後からバタバタと炊き出しが始まったようです。火事は寝たばこが原因だったそうで、けが人はなかったものの新年早々、家は全焼でした。
|
|
|
| 1月09日 初詣へ |
 |
|

|
本年の初詣に行ってきました。午前中は保育園の持久走大会もあったので、午後から温泉行きも兼ねて霧島神宮へ詣でました。9日ともなるとさすがに人も少なく静かな境内でした。
|
|